「共感」も「同感」も「シンパシー」? 何が違うの?〜広辞苑を引いてみた

先日のオンライン哲学カフェ「エンパシー(共感する力)」は、おかげさまで好評でした。オリジナルワークを開発したこと、また、「共感は○○○○との戦いだ!」とテーマ設定して参加者に考えてもらうことで、より実践的な内容になったと思います。

オンラインイベントにもかかわらず、手書きで感想をくださった参加者の方もいらっしゃいました。ありがとうございます。

アンケート用紙

○広辞苑では「共感」も「同感」も「シンパシー」?

さて、イベント終了後、「国語辞典ではどんな説明がしてあるのだろう?」と思って、広辞苑(第七版)を引いてみました。すると「共感」の項目に「sympathyの訳語」と載っていました。

広辞苑「共感」の写真1

説明はこうなっています。

きょうかん【共感】(sympathyの訳語)「他人の体験する感情や心的状態、あるいは人の主張を、自分も全く同じように感じたり理解したりすること。同感。「――を覚える」「――を呼ぶ」→感情移入 (「広辞苑」第七版) ※太字は引用者

広辞苑「共感」2

「共感」のところに「同感」も登場しますね。

カウンセリングや傾聴で「共感」を学習するときには、「共感と同感の違い」「エンパシーとシンパシーのちがい」が強調されます。

ところが、広辞苑では「共感=シンパシー=同感」となっています。これはどういうことでしょう。

○日常語の「共感」と心理学用語の「共感」

日常語の「共感」は「同感」とおなじ

広辞苑に載っている「共感」は、私たちが日常の会話で使う意味での共感で、「同感」と似た意味になります。

参考までに、広辞苑の「同感」の説明は以下のようになっています。

どうかん【同感】同じように感ずること。同じ考え。「私もまったくーーだ」「友人の意見にーーする」

日常的な用法の場合、「友人の意見に同感する」と言っても「友人の意見に共感する」と言っても、ほぼ変わらない意味になります。

○日本語「共感」「同感」は 明治時代にsympathyの訳語として生まれた

ほかの辞書ではどう説明されているか、図書館で調べてみました。

『講談社カラー版 日本語大辞典』(第二版)では、次のように説明されています。

きょうかん【共感】考えや感情に親しみをもって、相手と同じように感じること。sympathy [比較]共鳴。[用例]――を覚える。

どうかん【同感】人と同じように感じる・考えること。sympathy

※太字は引用者

「共感」も「同感」も「シンパシー」ですね。

さらに詳しい、全部で13巻ある『日本語大辞典』第二版(小学館)を見ると、この言葉の歴史的な背景がわかります。

きょうかん【共感】他人の考え、主張、感情を自分もその通りだと感じること。また、その気持。同感。

※教育・心理・論理述語詳解(1885)「同情<略>彼の同病相憐むと云ふも亦此の意に他ならず。之を共感又は同感と訳するもあり

(以下略、太字は引用者)

1885年は明治18年です。これらの辞書を見るかぎりでは、明治時代に sympathyの訳語として、「共感」「同感」という日本語が生まれたのだと思われます。

つまり、日常語としては「共感」も「同感」も大きく区別する必要はないことになります。

○日常語とは違う心理学用語としての「共感」(empathy)

では、日常語の「共感」とは違う心理学用語の「共感」(empathy)は、どう考えればいいのでしょうか。

簡単に言えば、これは20世紀の代表的な臨床心理学者カール・ロジャーズが提唱した「共感的理解 empathic understanding」のことです。

(関連記事)ロジャーズが語る傾聴の方法~5つの条件とは?

平凡社『最新 心理学事典』の「共感」(empathy(英), Einfühlung(独))の項目を見ると、「臨床心理学」「進化心理学」「神経心理学」それぞれの分野での意味が載っていました。

このうち「臨床心理学」における「共感」が、ロジャーズが提唱した「共感的理解」であり、カウンセリングにおける「共感」になります。

ロジャーズの表現を改めて振り返ってみましょう。

クライエントの私的世界をそれが自分自身の世界であるかのように感じとり、しかも「あたかも……のごとく」という性質(”as if” quality)をけっして失わないーーこれが共感なのであって、これこそセラピーの本質的なものであると思われる。クライエントの怒り、恐れ、あるいは混乱を、あたかも自分自身のものであるかのように感じ、しかもそのなかに自分自身の怒り、恐れ、混乱を巻き込ませていないということが、私たちが述べようとしている条件なのである。

「セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件」(カール・ロジャーズ, 1957年)

(最初の文の原文)To sense the client’s awareness as if it were your own, but without ever losing “as if” quality—this is empathy, and this seems essential to therapy.

ロジャーズとグロリアの映像

いかがでしょうか。別の箇所でロジャーズはごく簡単にこんな表現も用いています。

共感的理解:その人について理解するのではなく、その人とともに理解すること

Empathic understanding—understanding with a person, not about him

『ロジャーズが語る自己実現への道』(岩崎学術出版社 p295)

この「共感(エンパシー)」は、比喩的な表現を用いれば「目の前にいる相手と同じ場所に立って見たり感じたりする能力」とも言えるのではないでしょうか。

エンパシーを表すイラスト

この意味での「共感/共感的理解」はカウンセリングにとどまらず、日常のコミュニケーションにとっても本質的なスキルだと私は考えています。

今後のワークショップや研修でも、「一生使えるコミュニケーションスキル」として伝え方を工夫したいと思っています。

○告知:オンライン哲学カフェ「ストレスコーピング(対処法)リストを作ろう!」(仮)

次回のオンライン哲学カフェを 11/22(月・祝)に開催する予定です。14時〜16時(昼の回)、20時〜22時(夜の回)。

テーマは「ストレスコーピング(対処法)リストを作ろう!」(仮)。

私たちはついついネガティブなことばかり考えたり、やりたいことに取りかかれなかったりします。そんなときに、コーピングの考え方を知り、実際にリストを活用すると、自分が楽になって、行動もしやすくなります。

告知ページ等は10月に入ってから作成する予定ですが、ご興味ある方はスケジュールに入れておいていただけると幸いです。

→オンラインカウンセリングやってます。

 

 

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