ウサギとカメと薫製ニシン
「カメとウサギ」
カメとウサギが足の速さのことで言い争い、勝負の日時と場所を決めて別れた。さて、ウサギは生まれつき足が速いので、真剣に走らず、道から逸れて眠りこんだ。カメは自分の遅いのを知っているので、たゆまず走り続け、ウサギが横になっているところも通りすぎて、勝利のゴールに到達した。
素質も磨かなければ努力に負けることが多い、ということをこの話は説き明かしている。
(参考)『イソップ寓話集』(中務哲郎訳/岩波文庫)
有名な「ウサギとカメ」の寓話。イソップの原文はとても短いですね。「もしもしカメよカメさんよ」の歌でなじみのある「向こうのお山のふもとまで」というような記述もありません。
それはともかく、ここに登場するウサギとカメは同じゴールを目指しています。
わたしたちが日常行う議論も、ゴールを目指す道のりに喩えることができます。
議論が「行き詰まる」こともあれば「駆け足で説明する」こともあります。「一歩後退」したり「堂々巡り」したり「じっくり腰を落ち着けて」考えたりもします。
議論をゴールへと向かう道のりだと捉えたときに、本来の道筋から逸れてしまうことを「薫製ニシン」(red herring)と言います。
猟犬が獲物の匂いを追っているとき、薫製ニシンを差し出すと、その匂いにつられて本来の目標を見失ってしまうことから名付けられました。
たとえば日米の経済交流のあり方について議論しているときに、「日本に原爆投下したアメリカはひどい国だ」とか「いや真珠湾を奇襲した日本は許せない」などという話になってしまったら、論点が逸れてしまっていると言っていいでしょう。
「タバコは健康に悪いからやめた方がいい」アドバイスをされて、「いや、人間なんてもともと死亡率100%だから」とか「身体に悪いものは他にいくらでもある」という返答をすれば、本来のテーマ「タバコの健康リスク」から脱線していく可能性がおおいにあります。
また、本来の論点ではなく、その相手の人格攻撃(対人論法)になってしまうことも、薫製ニシンの一種だといえるでしょう。
薫製ニシン(本来の論点からの逸脱)は、意図的に行われることも、無意識のうちにそうなってしまうこともあります。
相手との信頼関係がないまま議論を進めようとするときは要注意です。いたるところに転がっている薫製ニシンに気を取られて、いつまでたってもゴールにたどりつけないかもしれません。
※この記事は旧ブログ「質問学」(2012-05-03)の転載です