議論の半分は組み立て作業だ(寛容の原則)

「話の相手が度を超えて愚かだと思えたら、それは相手が愚かなのではなく、たんにこちらの翻訳がまずいせいである可能性が高い」

(W.V.O.クワイン 1908-2000 米国の哲学者)

前回の記事「ウサギとカメと燻製ニシン」では、議論をゴールまでの道のりに喩えました。

議論はまた、建築にも喩えることができます。

  • 議論の「骨組み」を「しっかり」させよう
  • 君の意見は「土台」ができていないね
  • ちょっとやそっとの反論には「びくともしない」
  • 意見が「乱立」している
  • ぼくの意見はまだ「未完成」だ

などの表現もよく使用されますね。

さて、あなたが「建設的な議論」を行いたいなら、ぜひとも守ってほしい大切な原則があります。それは「寛容の原則」または「善意解釈の原理」といいます。(英語では”principle of charity”)

【寛容の原則】
相手の主張は、できるだけ筋の通ったかたちに組み立て直すべきである。

相手の議論をちゃんと組み立てるイラスト

 

私たちの日常の議論は、実はスキマだらけです。数学の証明のように、ひとつひとつ、一分の隙もなく論証が積み上げられることは、まずありません。しかも、日常のコトバは曖昧だったり、いろんな意味に解釈できたりします。
ごく単純な例で考えてみましょう。

Aさん:「宇宙人が存在する可能性は何パーセントくらいあるかな?」
Bさん:「そんなの100%に決まっているじゃん。地球人も宇宙人だからね。馬鹿じゃないの」

Aさんが「宇宙人」と言うとき、少なくとも2種類の解釈が考えられます。

  1. 宇宙に住む生物(地球人は除く)
  2. 宇宙に住む生物(地球人も含む)

この会話の場合、Aさんはおそらく1番目の意味で「宇宙人が存在する可能性」を問題にしています。その方が話の筋が通ります。
しかしBさんは1番目ではなく2番目の解釈を用いてAさんを馬鹿にする発言をしました。2つの解釈のうちの、より筋の通らない解釈を採用する。これは寛容の原則に反しています。
この手の曲解が繰り返されると、議論は混乱するばかりで、一歩も前進しなくなります。

論争でお互いがヒートアップしているときは、つい相手を批判することに一生懸命になってしまいがちです。スキあらば敵を批判してやろう。そうすることが議論だと思っている人もいます。

だけど、曲解や揚げ足取りを繰り返した議論は、後からみても、また第三者が見ても、ほとんど使い物になりません。「相手に勝ちたい」「相手を貶めたい」という応酬だけ、まったく時間の浪費にすぎないのです。

議論の半分は、組み立て作業である。

このことを肝に銘じておきましょう。相手の主張をできるだけ筋の通ったものとして解釈する(寛容の原則)…たとえあなたがその意見に反対でも。そうすることで初めて、当事者にとっても、第三者にとっても有意義な議論が成立するのです。

 

※この記事は旧ブログ「質問学」(2012-05-03)の転載です

 

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