国立ハンセン病療養所「多磨全生園」自治会前会長・佐川修さんの訃報
News of a death of a person I interviewed 3 years ago.
国立ハンセン病療養所「多磨全生園」の自治会前会長で、長らくハンセン病強制隔離政策で受けた被害と人権の大切さを伝える語り部をされてきた佐川修さんが今週、84歳で亡くなったという訃報を見ました。
訃報 佐川修さん86歳=多磨全生園・入所者自治会前会長(毎日新聞、2018年1月25日)
僕がラジオ番組の取材でお話を聞いたのは3年前。
番組のホームページ(リンク先Youtube)では、佐川さんのこんな声が聞けます。
「皆さん、子どもはいいですよ。子どもの声聞くと。私たちはね、子どもを持つことを許されませんでしたから、子どもの声聞くと、孫やひ孫がいるとすればこんな思いなのかと、非常に和やかな気分になります。」
でも、僕が一番印象的だと思った話は番組では使われなかったので、少しだけメモしておきます。
佐川さんは14歳で施設に入所したとのことですが、そのきっかけは 1945年3月10日の東京大空襲でした。
東京の下町(墨田区)で普通に生活していた少年は空襲で焼け出され(家族の何人かは亡くなった)、火傷を診てもらった診療所で予想もしていなかったハンセン病の診断を受けます。
それ以来、療養所で社会と強制的に隔離された生活が何十年も続くことになります。
僕が取材した時点で、療養所生活は70年目でした。最近はたまに兄弟が訪ねてくれることもあるというお話でしたが。
空襲と診断で一夜にして人生が変わってしまった…その話が忘れられません。佐川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。