傾聴で「うなずき」「あいづち」の練習は必要?
前回の記事 「あいづち」で褒める〜子供との接し方(コンプリメントとアファーメーション)の感想をある人と話しているときに、ふと思い浮かんだことがありました。
それは、傾聴で「うなずき」「あいづち」の練習は必要か?ということです。
もし傾聴を習ったことがある人なら、「『うなずき』と『あいづち』は傾聴の基本じゃないの?」とびっくりするかもしれません。
だけど面白いことに、私が知るかぎり、欧米では「うなずき」「あいづち」に特化した練習はほとんど行われていないようです。(もし「海外でもこんな練習やってるよ」という情報があれば教えて下さい)
カール・ロジャーズの来談者中心療法(≒傾聴)と深い関わりがある動機づけ面接での基本技法はOARS(オールズ)です(「オープンクエスチョン」「是認 Affirmation」「聞き返し Reflection」「要約 Summarizing」)。行政機関や医療関係者を対象に行われる研修でも聞き返しの練習が中心で、「うなずき」「あいづち」は参加者が自然に行っています。
なぜ、海外では「うなずき」「あいづち」の練習を日本のように行わないのか、もう少し掘り下げて考えてみましょう。
○「あいづち」は日本独特の習慣!?
相手が話している間に「うん」「はい」「ええ」「なるほど」「そうですね」といったあいづちを頻繁に挟むのはどうやら日本独特の習慣のようです。
Wikipediaの英語版には Aizuchiの項目があって、「日本語の会話において、聞き手が話し手に対して注意を払ったり、理解していることを示す短い間投詞(interjection)」というような説明があります。
一方、海外で日本式に頻繁にあいづちを打っていると、なんと「相手が話しているのを邪魔している」と受け取られたりもするようです。
(参考)その相槌、海外ではマナー違反かも? “印象の良い英語”のために知っておきたい相槌文化の違い
こちらのYoutubeの動画では日本在住のカナダ人女性が日本独特の「あいづち」について体験を交えて解説しています。
(Youtube)The Japanese Culture of “Listening” あいづちと外国人あるある的な?
欧米人からすると、話している途中に頻繁に言葉を挟まれると、「会話をじゃまされている」という気がするようですね。
私の知人はアメリカのコミュニケーション学部の教授に、「会話中、日本人はよくうなずいたり、相槌をうったりするけれど、どう思いますか?」「欧米人は日本人よりあまりしないように思うんだけれど・・・」と、質問をしたことがあるそうです。
すると、教授の答えは日本人にとってはびっくりするものでした。「相手の時間を奪わないようにするためだよ」と。
相手が話しているときはそれをむやみに遮らない、という発想なのですね。
もちろん日本人にとってのあいづちは相手を遮るものではないので、ここはどちらが正しいという問題ではありません。文化の違いだと思っておけばいいでしょう。
○傾聴の元祖・カール・ロジャーズの場合
こちらは1965年にロジャーズがグロリアという女性のカウンセリングをしている有名な動画です。
相手が話している間、穏やかにうなずきながら、ときどき Mmm hmmと言っています。短く言葉を挟むのではなく、落ち着いた静かな態度でクライアントに向き合いながら、話すときにはまとまった塊として聞き返しや質問を行っています。
(関連記事)傾聴の元祖!ロジャーズとグロリア〜内的な世界を一緒に探索する
こちらは晩年に近い動画。
あいづちを打つというよりは静かにうなずきながら耳を傾けています。はっきりとクライアントに視線を向けているアイコンタクトが、私には印象的でした。
ここから分かることは、「大きくうなずくこと」「頻繁にあいづちを打つ」ことが傾聴にとって必須の要素だというわけではないことです。
大切なのは、目の前の相手に対して「私は興味をもって聞いていますよ」という態度。
それは、文化によっても異なりますし、また話し手の性格や状況、あるいは聞き手のキャラクターやコミュニケーションスタイルによっても変わります。
「うなずき」「あいづち」はその中の一部だということですね。
○スピーチのボディランゲージみたいなもの
傾聴における「うなずき」「あいづち」は、スピーチにおける「ボディランゲージ」だと考えてもいいかもしれません。
スピーチにおいて、言葉を用いない(nonverbal)なコミュニケーションが効果を発揮することがあります。
話し手は、顔の表情や身振り手振りも駆使しながら、聴衆に内容を生き生きと伝えようとします。聴衆とのアイコンタクトも大切でしょう。
この意味で、魅力ある話し手になるためにアイコンタクトやボディランゲージを練習することは十分に意味があります。
とはいえ、スピーチにとって決定的に重要なのは「話す内容」の方です。目の前の相手に「何を伝えたいか」、それを「どんな言葉で話すのか」。それがスピーチの本質です。
スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った伝説的なスピーチ(最近は高校の教科書にも採用)は決して、ボディランゲージを駆使したものではありませんでした。
傾聴も似ています。
表情やうなずき、あいづち、身振り手振りをつかって聞く姿勢を示すことにはそれなりの意味があります。練習もときには必要でしょう。
ただし、「共感的な聞き方」としての傾聴の本質は、「聞き返し」(reflection)にあります。
極端にいえば、うなずき、あいづちがなくても聞き返し(=言語を用いて自分の理解を確認する)ができれば傾聴になります。逆にいくらうなずきやあいづちが上手でも、聞き返しがなければ、傾聴とは似て非なるものでしょう。
晩年のカール・ロジャーズはこう述べています。
カウンセラーとしての私の見解を言えば、私は『感情を伝え返そう』とはしていません。クライアントの内的世界についての私の理解が正しいかどうかを確かめようとしているのです。クライアントがそれを今体験しているとおりに私がそれを見ているか、確かめようとしているのです。
(『本物の傾聴を学ぶ』(諸富祥彦著/誠信書房, p137より。太字は引用者)
聞き返し(伝え返し)の本質は、単なる「オウム返し」ではなく、相手の内的世界についての自分の理解や受け取りを言葉で確かめていくことです。
○まとめ:傾聴において「うなずき」「あいづち」の練習は必要か?
ここまで、以下のことを書いてきました。
- 話を聞くときに頻繁にあいづちを打つ習慣は日本独特のもの。
- 傾聴の元祖カール・ロジャーズも、頻繁にあいづちを用いるわけではない。むしろ、静かに相手を受け入れながら、まとまった聞き返しや質問を行っている。
- 傾聴におけるうなずき、あいづちはスピーチにおけるボディーランゲージと似ている。練習すると効果的だが、言葉によって何を伝えるかの方がより本質的。
- 傾聴の中核的なスキルは「聞き返し」。つまり、相手の内的世界への理解を言葉にして確認すること。
以上を踏まえれば、私の見解は以下のようになります。
- 「うなずき」「あいづち」の練習にはそれなりに意味がある。ただし、必ず最初にやらなければならないものではない。
- いちばん大切なのは、「相手の内的世界をどう理解しているかを言葉で確認する」という「共感的理解」。その中心となるスキルが「聞き返し」や「オープンクエスチョン」。
いかがでしょうか。
傾聴にはいろんな学習法があっていいと思います。
それは当然として、私が学習プログラムを作るとしたら、以下の順序になるような気がします。(現時点では)
- 「共感的理解の大切さ」を知る。感じる。
- (1)を実現するためのスキル(聞き返しとオープンクエスチョン)
- 相手の価値観を深く掘り下げていく聞き返し(「複雑な聞き返し」)
- (おまけ)うなずき、あいづち ※自然にできる人はそれでOK。苦手な人、さらに極めたい人は練習してもいい。
もちろん、入り口は何でもいいと思います。
ただし、あなたがもし「うなずき」「あいづち」を頑張りすぎる一方、言葉で理解を伝え返す「共感」への意識が薄くなっているとしたら、いちど「うなずき」「あいづち」を忘れてみるのも1つの手です。
「相手の内的世界」…そこに意識が向くようになれば、あなたの傾聴はより深いものになりるはずです。
REBT心理士、動機づけ面接トレーナー 藤本祥和
(2021年3月、オンラインサロン「傾聴とセルフヘルプの学校」(仮)構想中)