REBTの「テロリストの論駁」〜極限状態を仮定する
REBTの「テロリストの論駁」〜極限状態を仮定する
ここでは仮定の話として、あなたが「ジェットコースターに乗ることが怖くてしかたない、できるものなら一生乗らずにすませたい」と思っているとします。
ところがもし、「ジェットコースターに10回乗らなければ、愛する家族が怪獣に踏み潰されて殺されてしまう」という状況になったとしたら…?
多くのひとは「怖いけれど、ジェットコースターにガマンして乗る」ことを選ぶのではないでしょうか。
「ジェットコースターは絶対イヤ」というあなたと、「怖いけれど、なんとかガマンして乗る」ことを決めたあなた。そこにはどんな違いがあるのでしょう?
○100mを10秒では走れないけど…「能力的に不可能」と「自分で壁を作っている」ことの違い
皆さんは100mを10秒で走ることができますか? これはまず無理ですよね。
どんなにやる気があって練習を重ねても、100mを10秒で走れるのは世界でもほんの一握りのアスリートだけです。
一方、自分では「できない」と思っていることでも、対人恐怖を克服したり、先延ばしグセを直したりすること、これは誰にでもチャンスがあります。
なぜなら、これは能力の問題ではなく、自分が抱えている「見えない壁」をどう克服するかという問題だからです。
このような、目的への行動をじゃまする「見えない壁」をREBT(論理療法)ではイラショナル・ビリーフ(非合理的な思い込み)と呼んでいます。
(関連記事)REBT入門(5)非合理的な思い込み=イラショナルビリーフ
たとえば、初対面の女性と会話するのが苦手な男性がいるとします。
この人が抱えている「見えない壁=イラショナル・ビリーフ」には、次のようなものが考えられます。
<イラショナルビリーフの例>
- 相手を絶対に楽しませなければならない。(iB=「ネバナラヌ」)
- 女性が退屈すると自分はオシマイだ〜(iB=「過度の怖れ」)
- 会話が盛り上がらないと耐えられない。(iB=「耐えられない/低欲求不満耐性」)
- 気の利いた会話ができない自分はダメ人間だ。(iB=「存在価値がない」)
など
だけどそんな人でも、冒頭で紹介した例のように、大事な人の命が危険にさらされてしまうような極限状況と二者択一なら、腹をくくって女性と話すことに挑戦できるのではないでしょうか。
「女性と話すこと」は、その人にとって「100mを10秒で走る」というような能力の問題ではなく、自分自身がそのとき抱えている「見えない壁」の問題だからです。
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逆にいえば、その「見えない壁」を克服できれば、誰でも本来の能力を発揮して行動に踏み出せるようになります。
○テロリストの論駁(ろんばく)〜極限状況を仮定してビリーフに気づく
「もしも家族が怪獣に踏み潰されてしまうとしたら?」…このような極限状況を想定した質問を用いて自分の中の「見えない壁」(イラショナルビリーフ)を克服する技法をREBT(論理療法)では「テロリストの論駁(ろんばく)the Terrorist Dispute」と呼ぶことがあります。
たとえば「パニックになってはならない」「パニックになると耐えられない」と信じているクライエントに対して、こんな質問をします。
「あなたの両親が過激派テロリストにさらわれたとしましょう。これらの過激派はあなたが10回パニック発作に耐えられたら両親を解放すると言っています。その条件に応じますか?」
すると、クライエントはたいてい「親を救うためならやります」と答えます。
それに対して臨床家は「それでは、自分自身の心の健康のためにもしてみますか?」と投げかける、といった具合です。
…いかがでしょうか。
○「テロリストの論駁」のポイントとまとめ
ここで注意しておきたいのは、「テロリストの論駁」は相手を脅して変化を起こさせるという方法ではないことです。
そうではなく、その人が行動できないのは「見えない壁」(イラショナルビリーフ)のせいだと気づいてもらうことにポイントがあります。
そして、これはカウンセリングの現場にかぎらず、ひとりでも使うことができます。(さまざまな技法をセルフヘルプに用いることができるのはREBTの大きな特徴です。)
たとえば「いつか実行したい」と思いつつ、ずっと取り掛かれていないことがあるとき、そのひとは「失敗したら恥ずかしい(耐えられない)」という「見えない壁」を心に抱えている可能性があります。
そこで「もしもあと半年しか生きられないとしたらどうするか?」と自分に問いかけてみることで、「失敗して笑われたら残念だけれど、耐えられないほどではない」「思い切って挑戦してみよう」と、気持ちを切り替えて一歩踏み出すことができるかもしれませんね。
極限状況を仮定することで、自分の思い込みに気づく「テロリストの論駁」。あなたの「見えない壁」の克服に、ぜひお試しください。
(参考文献)
『実践論理療法入門 ーカウンセリングを学ぶひとのためにー』(ウィンディ・ドライデン/レイモンド・デジサッピ著、菅沼憲治訳、岩崎学術出版社)