REBT&アドラー:「共同体感覚」3つのポイント
前回、アドラー心理学についてREBTとの関係を含めて書きましたが(アドラー心理学とREBTの共通点〜『嫌われる勇気』メモ)、実はもうひとつ気になるキーワードがありました。
それは「共同体感覚」です。
アドラー心理学の鍵概念であり「対人関係のゴール」とも言われる「共同体感覚」は、REBTにおいても心の健康の基準(のひとつ)として取り入れられています。
「共同体感覚」…何やら難しそうな用語ですが、私なりの理解で、できるだけ簡単に3つのポイントにまとめてみました。
REBT&アドラー:「共同体感覚」3つのポイント
(1)「共同体感覚」は「自分の居場所=ホーム」の感覚
アドラー心理学を紹介したベストセラー『嫌われる勇気』(岸見一郎)から、その定義を引用します。
他者を仲間だと見なし、そこに『自分の居場所がある』と感じられることを、共同体感覚といいます。
さて、これはどういうことでしょう。イメージしやすいように思い切って言い換えてみます。
「共同体感覚」とは「ホーム」の感覚である。
サッカーなどのスポーツで「ホーム」「アウェイ」という言葉がありますね。「ホーム」は自分のチームの本拠地……仲間がたくさんいて、自分も力を発揮しやすいところ。
あるいはもっと単純に、「ホーム=家」のイメージでもいいかもしれません。
そんな風に、ここでは「共同体感覚」を、あたかも「ホーム」にいるように、周りの人々といい関係を保ちそこが「自分の居場所になっている」感覚だと考えてみましょう。
私たちが社会の中で生きていくためには、この感覚が不可欠だということですね。
(2)「共同体感覚」は「相手への関心」を通じて得られる
そして、この「ホーム」の感覚を得るには大切な要素があります。
それは、目の前にいる相手への興味・関心です。
アドラーは「共同体感覚」を意味するドイツ語を英語に訳すときに、Social Interest(社会への関心)という言葉を採用しました。
たとえば、あなたが中学校や高校の同窓会に参加するとします。そのとき、「みんなと久しぶりに会えて懐かしい。嬉しい」と「ホーム」の感覚を持てる人もいるでしょう。
でも逆に、「自分はみんなみたいに出世していないし、自慢できることもない。同級生に会いづらいな」と居場所がない思いになる人もいるかもしれません。
そんなとき、「ホーム」の感覚を得ようと思ったら、どうしますか。
「自分を見て!認めて!」の承認欲求?・・・ではないのです。
自分に関心を集めようとするのではなく、目の前にいる他者への関心をもつことこそが共同体感覚を得るための方法になります。
自己への執着(self interest)を他者への関心(social interest)に切り替えていく、それこそが「共同体感覚」の鍵です。
アドラーは、こんな風にも言っているそうですよ。
「他の人の目で見て、他の人の耳で聞き、他の人の心で感じる」は、共同体感覚の許容しうる定義であると思える。
『アドラーを読む 共同体感覚の諸相』(岸見一郎著/アルテ)p34
(3)「共同体」は自分で選べる。広げられる。
そして最後のポイントは、あなたが属する共同体は決して1つではないということです。
いま所属している学校だけ、あるいは会社だけが、共同体ではありません。
学校以外にも、家族、地域のコミュニティ、趣味の仲間、昔の友だち…いろんな共同体に属することができます。
また、もしいま所属している共同体の中で上手く行かなかったとしても、別の共同体を選ぶことも可能です。
あるいは、「学校」という小さな範囲から、「この地域に住む同世代の人々」とか「日本の若者」とか、どんどんその範囲を広げていくこともできます。
アドラーは、「共同体感覚」の範囲を、なんと宇宙全体まで広げられると言っていたそうです。
まとめ
いかがでしょう。
- 「共同体感覚」とは、他者を仲間だと見なし、そこに『自分の居場所がある』と感じられることである。
- 「共同体感覚」は「自己への執着」ではなく、「相手への関心」を通じて得られる(Social Interest)
- 「共同体」は自分で選べる。広げられる。
社会のなかで自分の居場所をもって生きていくためには、「自分を見て!認めて!」の承認欲求ではなくて、「他者への興味・関心」こそが鍵なのですね。
ここには、私たちが生きていくための有益なヒントがあると思いませんか。