カール・ロジャーズも喜ぶ!?「実用的な傾聴」としての動機づけ面接(MI)
こんな本を買ってみました。
タイトルを日本語に訳すと『よく聴くこと 共感的理解の技術』という感じでしょうか。動機づけ面接(MI)の創始者の1人であるウィリアム(ビル)・ミラー博士の著書です。
(昨年のトレーニングでミラー先生と)
本の中身は、たとえばこんな感じ。
なぜ聞き返し(reflection)が大切なのかの図が載っています。
- A:話し手が言いたいこと
- B:Aに基づいて話された言葉
- C:Bを聞き手が受け取った言葉
- D:Cを聞き手が解釈した内容
話し手が言いたいこと(A)と聞き手が解釈した内容(D)の間には3段階のプロセスが介在するので、黙って聞いているだけだといろんな誤解が生じます。だからこそDとAをつなぐ聞き返しが大切なのですね。
(関連記事)「山びこ」だけじゃ物足りない。傾聴における「伝え返し」の技法(2)
ただし、共感的理解(正確な共感)は単なる技術ではなく、長い時間をかけて培われる人としてのあり方(a way of being)だとも説明されています。
英語に「他人の靴を履く=その人の立場になってみる」という表現がありますが、共感的理解とはまさに “walk in their shoes”(その人の靴を履いて歩く)、そしてその人が見ている世界や体験していることを理解する態度だともいえるでしょう。
さて、こちらはついでに撮影したMIの教科書の写真。
よく見ると、原書は35万部も売れているのですね。驚きました。
日本でMIは医療、司法、教育分野などで徐々に普及しつつありますが、一般の認知はまだ高いとは言えません。
先日私が話したある看護師さんも、「こんなにいいものなのに、なぜ知られていないのかな」と不思議がっていました。
今回、ミラー先生の本を手にしながら思ったのは、MIを狭い範囲に閉じ込めるのではなく、「実用的な傾聴」と再定義することもできるのではないかということです。
傾聴の元祖といえるカール・ロジャーズは聞き返し(reflection)の大切さを繰り返し強調しました。しかし、具体的に何を(what)どう聞き返すかについて詳しく書き残すことはありませんでした。
たとえば日本では「うなずき、あいづち」が傾聴の基本、などと言われることもありますが、ロジャーズ自身がそう言っていたわけではありません。(会話の途中で頻繁にあいづちを打つのは日本独自の習慣だという話も。詳しくは下のリンク先から)
一方で、ミラー博士らによって1980年代に登場したMIは、いつ(when)何を(what)どう(how)聞き返せばクライアントの行動変容が起こりやすいかについてさまざまなエビデンスを蓄積してきました。
たとえば、「クライアントと信頼関係をつくる段階では、クライアントの言葉を区別せずに聞き返します。しかし、信頼関係が成立した後の段階では、「変化したい」方向の言葉(チェンジトーク)を重点的に聞き返します。
そうすることで、クライアントの行動変容がより促進されることが多くの調査により明らかになっています。
科学的なエビデンスを重視したロジャーズがもし生きていたら、クライアント中心アプローチの発展にきっと目を細めるのではないでしょうか。
○MIが効果を発揮する場面
伝統的な傾聴と比較して、MIがより効果を発揮する場面を3つ紹介しましょう。
1.時間が限られているとき(例:禁煙)
たとえば、禁煙の電話相談で時間が15分しかないとします。
このとき、無理に情報を与えたり行動を勧めたりすることは、クライアントのモチベーションを低下させたり、反発を受けたりする可能性があります。
一方、「禁煙がどんな風に難しいのか」とか「禁煙に失敗した経験」などをクライアントに寄り添って聞くだけで15分を使うのがいいかどうかは場合によります。
この場合、MIのプロセスに従って進めれば、傾聴をベースにしながら今後の計画まで、順序立てて進めることも可能です。
2. クライアントのために望ましい方向が明らかなとき(例:DV)
夫のDVから逃れてきた女性がいるとします。DV夫の元に戻ることはリスクが高く、一定の距離をとることが望ましい状況です。
ところが女性の心情は揺れています。夫の暴力から逃れたい一方で、「でも彼は本当は優しい人だった」「一緒に暮らしたい気持ちもある」という状態です。
このときに「夫が優しくしてくれる」ことについて丁寧に聞きすぎると、女性は夫からますます離れられなくなるかもしれません。長い時間をかけて何十回も傾聴を続ければ最終的にいい方向が見つかるかもしれませんが、その間に暴力がエスカレートする危険性も十分にあります。
このとき、MIなら「変化する=夫と距離をとる」方向を重点的に聞くことで、女性の変化をより迅速にサポートすることができます。
(理論的には、相手の変化をサポートするMIの技術を悪用することも可能ですが、それはクライアント中心アプローチとしての動機づけ面接のスピリットに反することになります)
3. 他の技法と組み合わせる場合(例:REBT)
MIは特定の心理療法ではなく、「傾聴しながらガイドする」コミュニケーションスキルです。これは他の心理療法と組み合わせることが可能です。
たとえば、認知行動療法のひとつであるREBT(論理療法)は、セラピストが意図を持ってクライアントを導く「指示的アプローチ」の代表とされてきました。
一方、ロジャーズの来談者中心療法は、セラピストがクライアントを方向づけしない「非指示的アプローチ」です。
伝統的には正反対のアプローチだと見なされてきましたが、MIを用いれば、両方のいいところを上手く組み合わせることができます。
たとえば、就職活動の意欲が低い若者に対して、最初にMIを用いてモチベーションを高めた後にREBTを使って具体的な行動を導くことができます。
あるいは、REBTを行うプロセスの中で、動機づけ面接のコミュニケーションを用いることもできます。
実際、REBTの熟練者はクライアントに対してさまざまな質問を駆使して気づきを引き出しますが、現実的にはセラピスト全員が質問の達人ではありません。そんな場合はMIの傾聴的なアプローチを組み合わせることで、クライアントの言葉により寄り添いながら、滑らかにセッションを進めることが可能になります。
「実用的な傾聴」としてのMI
傾聴の元祖カール・ロジャーズは1902年に生まれて1987年に亡くなりました。
一方のミラー博士は、ロジャーズの来談者中心療法を本格的に学ぶ期間を経た後、1980年代にMIを開発しました。
MIの本を読んだり講座を受けたりすると、ロジャーズへの深い理解と敬意がさまざまな場面で登場します。
もちろんロジャーズ直系の機関もありますが、ロジャーズのクライアント中心アプローチを引き継ぎながら、科学的に発展したMIに「実用的な傾聴」の側面があることもまた事実でしょう。
ここで興味深いのは、MIが単に「傾聴の進化版」という一方的な関係ではないことです。MI学習者・実践者は常にロジャーズ(クライアント中心のアプローチ)に立ち返る必要があります。
MIには多彩なテクニックがありますが、そのテクニックにとらわれてクライアントに寄り添うことが二の次になっては本末転倒になってしまうのです。
○日本におけるMI普及の可能性
日本で傾聴に興味を持っている人が、およそ100人にひとり=100万人いると仮定しましょう。
その100万人の中の10人に1人=10万人が21世紀型の傾聴ともいえるMIを学べば日本の対人支援のコミュニケーションスキルも大きく変わるように思います。
MIを学べる場は、「寛容と連携の日本動機づけ面接学会(JaSMINe)」や「日本動機づけ面接協会(JAMI)」があり、また日本各地で研修や練習会も行われています。
私も自分の特徴を活かしながら、ささやかながら普及に貢献できればと考えています。
対人支援や共感的なコミュニケーションに興味がある方は、ぜひ「動機づけ面接」(MI)を気に留めておいてください。近い将来、どこかで出会うかもしれませんよ。
藤本祥和(REBT心理士、動機づけ面接トレーナー)
○告知:オンラインワークショップ(無料)
2月23日(火・祝)、2月27日(土)にオンラインワークショップがあります。(足立区後援・無料)
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